【魔術・占い】ラスプーチンの魔術と呪術とは?歴史に残る5つの驚異的な逸話
ロシア帝国末期、皇室と国民の間に割れるような存在となった一人の男がいた。
その名は「グリゴリー・ラスプーチン」。
シベリア出身の農民にして、神秘的な力を持つ祈祷師として一躍名を馳せた彼は、ロマノフ王朝最後の皇帝一家と深く関わり、時に奇跡を起こし、時に恐れられた。
彼の評判は「聖人」と「悪魔」の中間にある。癒しの手を持つと噂される一方、陰で政治に介入し、不死身とも思える強靭な生命力を見せつける。
事実と伝説の狭間に存在するラスプーチンを、今回は「魔術」「呪術」「予言」「暗殺」「伝説」といったオカルト的視点から深く掘り下げる。
ラスプーチンの不思議な治癒能力とは?
ラスプーチンがロシア皇室に取り入られた最大の理由は、皇太子アレクセイの血友病を“治癒”したとされる出来事である。
血友病は出血が止まらず、ちょっとしたケガが命取りになる重病。皇太子はその病に苦しみ、宮中は絶望に包まれていた。そんな中、紹介を受けて呼ばれたのがシベリアの怪僧ラスプーチンだった。
彼が行ったのは以下のような“非科学的”な行為だった。
-
祈りによる精神の鎮静
-
手をかざしての念じるような動作
-
安静を強く指示し、薬の投与を止める
-
皇后に「神が癒すだろう」と安心させる言葉
そして実際に、アレクセイの容体はみるみる改善したという。もちろん、現代医学から見れば、薬を止めたことが逆に症状を緩和させた可能性も指摘されている。とはいえ、この“奇跡”がラスプーチンを皇后アレクサンドラの絶対的信頼の対象とし、以後の運命を大きく変えたのは確かである。
皇室と政治に及ぼした影響力の真実
癒しの力で皇后を虜にしたラスプーチンは、やがて宮廷内に深く入り込むようになる。ロマノフ家の中でも特にアレクサンドラとの絆は強く、彼女はラスプーチンを「神に選ばれし人」とさえ信じていた。
その結果、次第に彼の言葉は国家運営にまで影響を持ち始める。
代表的な影響の例:
-
閣僚の人選に口を出し、大臣の更迭を助言
-
教会関係者や軍人の昇進にも影響力を行使
-
皇帝ニコライ2世を説得し、戦争の方針へ助言
こうした行動は当然、貴族層や政府関係者の反感を買う。特に、教養や身分のない田舎者が宮廷を支配しているという事実に、多くの反ラスプーチン派が激怒した。
結果的に、宮廷の中では陰謀や策謀が渦巻き、彼を排除しようという動きが次々と現れる。皇室にとって「救世主」となったラスプーチンは、他方で国家中枢を揺るがす危険因子ともなった。
暗殺されても死ななかった?生還伝説の数々
ラスプーチンの名を最も有名にしたのは、彼の“死に様”である。貴族たちが計画した暗殺には、驚くべきエピソードが多数含まれている。
ラスプーチン暗殺の通説:
-
毒入りのワインとケーキを与える → 無反応
-
銃で至近距離から撃つ → なおも動く
-
別室に逃げるが再び撃たれる
-
撲殺後にネヴァ川へ沈められる
-
検死の結果、「死因は溺死」だったとされる
この暗殺劇の内容は、当時の関係者の証言と後年の脚色が混ざっている可能性がある。しかし、事実として記録されているのは、ラスプーチンの遺体が氷の川から引き上げられたとき、水を吸い込んだ形跡があったことである。
つまり、毒も銃弾も死因ではなく、最後に川に投げ込まれて溺死したという説が最有力なのだ。
その不死身ぶりから、民衆の間では「魔術で肉体を守っていた」と信じる者も多かった。まさに生きながら伝説となった人物だった。
ラスプーチンの予言は本物か?的中した恐怖の言葉
ラスプーチンがただの祈祷師で終わらなかった理由に、「予言者」としての顔がある。特に有名なのが、彼の死とロマノフ王朝の崩壊に関する“手紙”である。
彼は自身の死の直前、皇帝ニコライ2世にこう告げたとされる。
「もし私が庶民に殺されれば、皇帝の治世は安泰である。
だが、貴族の手で殺されれば、王朝は3年以内に滅びる。」
実際、ラスプーチンは1916年に貴族の手で殺され、その2年後、1918年にニコライ2世と家族は革命によって処刑された。驚くべき一致だ。
この予言の真偽には議論があるが、現存する手紙には似た内容が残されており、歴史学者の間でも一定の信憑性が認められている。
このほかにも彼は次のような“予言”をしていたとされる。
-
ロシアが第一次世界大戦に敗北する
-
自身が死ぬことで国家の混乱が始まる
-
革命によって皇帝の血が流れる
実際の発言かどうかの裏取りは難しいものの、結果的にすべてが的中したという事実が「ラスプーチン=預言者」というイメージを強固にしている。
死してなお続く呪術的伝説
ラスプーチンは死んだ後も語られ続けている。彼の遺体にまつわる逸話はまるで都市伝説のようだ。
-
火葬中に棺の中で身を起こしたという目撃談
-
遺体から一部臓器が消えていた
-
遺髪や骨が“護符”として崇拝された
-
ラスプーチンの霊が夜な夜な宮廷をさまようという噂
いずれも科学的な証明はされていないが、人々が彼をただの「人間」として捉えていなかった証拠である。
また、ロシアの一部地域では今でも「ラスプーチンの墓を掘り起こすと災いが起こる」と信じられており、彼の名前は“呪術”や“霊的力”と結び付けられて語られ続けている。
まとめ:ラスプーチンは呪術の申し子だったのか?
ラスプーチンの生涯は、歴史とオカルトの狭間にある。癒し、予言、政治、そして不死身のような暗殺劇。彼の存在は偶然にしては出来すぎている。科学では説明できないことがあったのかもしれない。
彼を信じるか、信じないか。それは読者次第だ。しかし、100年以上経った今もその名前が語られ続けているという事実が、ラスプーチンという人間の“魔術性”を何よりも証明しているだろう。