【伝説】リープ城のエレメンタルとは何者か――腐臭とともに現れる「それ」の伝説
夜の城には、昼間とは異なる奥行きが生まれる。
石壁の継ぎ目は深い亀裂となり、螺旋階段の先は闇へ沈む。窓から入った風は、どこか遠い部屋の扉をわずかに揺らし、消えかけた灯火の影を壁の上で伸び縮みさせる。
1915年11月25日の夜、アイルランド中部に立つリープ城でも、数個のランプが広間と回廊を照らしていたという。
城主の妻ミルドレッド・ダービーは、男女の悲鳴を聞いて自室を飛び出した。夫の後を追い、広間を見下ろす回廊へ出た彼女は、手すりに身を預ける灰色の何かを見た。
それは人間のように立っていた。
しかし、人間ではなかった。
輪郭は曖昧でありながら、そこに何かがいることだけは分かった。さらに、その姿よりも早く、あるいは強く感じられたものがあった。湿った獣と腐敗した肉を思わせる、耐えがたい臭気である。
ミルドレッドは、その存在を「エレメンタル」と呼んだ。
死者の幽霊でも、城に住みついた野獣でもない。人間の形を借りながら、人間とは異なる場所から現れたもの。後世には、単に「それ」と呼ばれることもある怪異である。
現在、リープ城は数多くの幽霊伝説を持つ城として知られている。血まみれの礼拝堂、赤い衣の女、塔から落ちた少女たち、地下牢に残された骨。
だが、エレメンタルの伝説だけは、それらの怪談とはどこか性質が異なる。
死者の名も、死因も、望みも分からない。
分かっているのは、灰色の姿と、黒い穴のような目、そして消えた後にも残る臭いだけである。

オファリーの丘に立つリープ城
リープ城は、アイルランドのオファリー県、ロスクレアの北方に位置する城である。アイルランド語では「Léim Uí Bhánáin」と呼ばれ、オバノン一族の跳躍、あるいはオバノンの地に由来する名と説明されている。
城は高所にあり、周囲の谷やファーローン川方面を見渡すことができる。霧の多い日には、遠くの農地や樹木の境界が薄れ、灰色の塔だけが地面から突き出しているように見える。
現在のリープ城には、一つの時代だけで造られた建物にはない複雑さがある。
アイルランドの建築遺産を記録する公的機関、National Inventory of Architectural Heritageは、中心部分を16世紀の三階建てタワーハウスとしている。北側にはジャコビアン期の建物の痕跡が残り、18世紀にはダービー家によってネオ・ゴシック様式の翼部や装飾的な玄関が加えられた。
そのため、城内には中世の防御施設としての狭さと、後世の邸宅としての広がりが同居している。
厚い壁の内部を通る階段。視界を遮る角。高い天井を持つ広間。上階から室内を見下ろす回廊。
エレメンタルの伝説に登場する空間は、こうした増改築の重なりによって生まれたものである。
オキャロル一族の城
リープ城は、かつてエリー・オキャロルの有力な拠点だった。
オキャロル一族をめぐっては、城主の座を争う内紛や殺人の物語が数多く残されている。城内の礼拝堂では、ミサを執り行っていた司祭が身内によって殺されたとされ、その場所は後に「血まみれの礼拝堂」と呼ばれるようになった。
ただし、現在語られる細部のすべてが、同時代の記録によって裏付けられているわけではない。実際の一族間抗争と、後世に膨らんだ怪談とが重なり、城の歴史を形作っている。
16世紀のリープ城は、軍事的にも重要な場所だった。
建築遺産記録によれば、1558年にはイングランド側の軍勢に奪われることを防ぐため、城が焼かれたとされる。その後、城は再建され、17世紀半ばまでには婚姻を通してダービー家の所有となった。
石造建築は火災を生き延びることがある。
屋根や床、家具、書物が燃え落ちても、外壁と塔は残る。人が去った後も、部屋の形だけは空洞となって立ち続ける。
リープ城は、何度も人間の争いに巻き込まれながら、そのたびに姿を変えて残った城である。
地方に残った幽霊城の記憶
1930年代にアイルランド各地の児童が地域の口承を書き留めた「Schools’ Collection」にも、リープ城の怪談が収録されている。
そこでは、城が焼けて廃墟となったこと、オキャロル家の司祭が殺されたこと、地下に人を落とす仕掛けがあったこと、そして城跡に幽霊が現れることが語られている。
児童による採集記録であるため、歴史資料としてそのまま事実認定に用いることはできない。しかし、20世紀前半にはすでに、リープ城が地域社会の中で「幽霊の出る城」として知られていたことが分かる。
ただし、その記録に、現在知られるエレメンタルの詳しい姿は現れない。
黒い眼窩も、羊ほどの身体も、腐敗臭もない。
その怪物に輪郭を与えた人物は、城の外から来た伝承の語り手ではなく、かつて城内で暮らしていた一人の作家だった。
「アンドルー・メリー」と名乗った城主夫人
ミルドレッド・ダービーは、リープ城最後期の住人の一人であり、「Andrew Merry」という筆名で作品を発表した作家である。
彼女は19世紀末から20世紀初頭にかけて、短編、小説、地方生活を題材とする物語、歴史作品などを執筆した。
作品の一つ『The Hunger』では、アイルランド大飢饉の時代が描かれている。完全な歴史記録ではなく小説であるが、リープ城周辺で語られていた体験や記憶が物語へ取り入れられたと考えられている。
ミルドレッドの作品世界には、現実の土地と創作上の土地が重なっていた。
実在する人物や地方社会の習慣を下敷きにしながら、名前や場所を変え、一つの物語へ組み直す。リープ城のエレメンタルを考える際、この作家としての性質は無視できない。
彼女は怪異を目撃した人物であると同時に、その怪異を読者の前へ差し出した書き手でもあった。
「キルマン城」という別名
1908年12月、『The Occult Review』に「Kilman Castle: The House of Horror」と題する長い文章が掲載された。
作者名はアンドルー・メリーである。
物語の舞台となるのは、リープ城ではなくキルマン城という名の古城だった。住人や地名も変更され、形式上は実在の城に関する公的報告ではなく、怪奇文学として読むことのできる作品である。
しかし、後世の研究では、キルマン城のモデルがリープ城であることが指摘されている。
城の構造、住人の環境、そこで語られる怪異、さらにミルドレッドが私信に残した体験との類似が大きいためである。
同作の中では、灰色の人型、異様な獣、腐敗を思わせる臭気など、現在のエレメンタル像を構成する要素が詳しく描かれている。
重要なのは、これが怪異の目撃記録であると同時に、読者を恐怖させるために構成された文章でもあるという点だ。
事実が先にあり、それを小説へ変えたのか。
小説として生み出した像が、後に実体験として語り直されたのか。
あるいは、体験と創作が分離できないほど深く混ざり合っていたのか。
エレメンタルは、その境界に立っている。
心霊現象が知的関心だった時代
ミルドレッドが暮らした19世紀末から20世紀初頭は、心霊主義が広く注目された時代だった。
降霊会、霊媒、念写、自動書記、死者との交信。現在では怪談や疑似科学の領域に分類される事柄が、当時は宗教、哲学、心理学、自然科学と接しながら論じられていた。
知識人や作家、芸術家、科学者の中にも、心霊現象へ関心を寄せる者がいた。信じる者だけでなく、否定するために調べる者、娯楽として参加する者、創作の材料として観察する者もいた。
ミルドレッドも、降霊会や自動書記などのオカルト的実践に関心を持っていたと伝えられている。
後世には、彼女が黒魔術によって怪物を呼び出したという話まで広まった。しかし、確認できる範囲で彼女が行っていたのは、当時の心霊主義文化の中で知られていた活動である。
「魔物を召喚した」という説明は、彼女の死後、城の怪奇性を強める過程で加えられた色彩と見るべきである。
肩に置かれた灰色の手
ミルドレッドが記した最初期の体験では、怪異は遠くに立っているのではなく、背後から触れてくる。
夜、彼女が階段付近にいたとき、突然、両肩に手の重みを感じたという。
誰かが後ろに立ったのだと思い、振り返る。
そこには、彼女と同じほどか、わずかに低い灰色の人型がいた。
身体の輪郭は完全には定まらず、汚れた綿を人の形に固めたように見えた。顔には目に当たる黒い部分があり、両腕は曲げられ、何かを威嚇するように持ち上げられていた。
それは死者の顔を持った幽霊というより、人間の形をうまく再現できなかった影に近い。
ミルドレッドは強い恐怖に襲われ、その場から逃げたとされる。後にオカルトへ詳しい知人から、その存在は「エレメンタル」と呼ばれるものではないかと聞かされたという。
ここで注目すべきなのは、彼女自身が最初から怪異の名を知っていたわけではない点である。
まず、正体の分からない灰色のものが現れた。
その後で、「エレメンタル」という名前が与えられた。
名付けによって、理解不能だったものは、西洋オカルティズムの分類へ組み込まれたのである。
羊ほどの大きさをした人面の獣
別の場面で描かれるエレメンタルは、最初の人型とは異なる姿を見せる。
大きさは羊ほどで、痩せ、身体の一部が影のように薄い。顔は人間に似ているが、親しみを感じさせるものではない。目の位置には深い黒い穴があり、鼻は形を保たず、崩れた空洞のように見えた。
頭部や首、身体には粗い毛があり、前脚は腕にも見える。先端は動物の足ではなく、大きく緩んだ手のようだったという。
上半身には奇妙な具体性がある一方、下半身は半透明で、背後の扉や建物の構造が透けて見えたと記されている。
獣なのか、人型なのか。
同じものが姿を変えたのか。
異なる怪異が、後に一つのエレメンタル伝説へ統合されたのか。
資料だけでは決めることができない。
現在流通しているイラストや再現映像では、人面を持つ四足獣として描かれることが多い。しかし、最初期の文章をたどると、エレメンタルの姿は固定されていない。
人のように立つ灰色の影であることもあれば、手のような前脚を持つ獣として現れることもある。
変わらないのは、見る者がそれを人間とも動物とも判断できないことである。
姿よりも強く残る臭い
エレメンタルを、ほかの城の幽霊と決定的に異なるものにしているのは臭気である。
幽霊譚では、足音、冷気、白い影、消える人影などが語られることが多い。リープ城のエレメンタルも視覚的な像を持つが、目撃者へ最も強い苦痛を与えるものは臭いだとされる。
腐敗した肉。
長く湿気の中に置かれた獣の皮。
病変を起こした身体。
あるいは、大量の硫黄を燃やしたような刺激臭。
表現は語り手によって異なるが、共通しているのは、古い城の黴臭さだけでは説明できないほど強烈だったという点である。
怪異が現れると、吐き気、めまい、脱力感を覚える者もいたと語られている。
もちろん、古城には臭気を生む現実的な原因が存在する。
湿気、腐食した木材、動物の死骸、排水設備、地下空間、煙突、黴。長く放置された建物なら、複数の臭いが一時的に室内へ流れ込むこともある。
しかし、伝承の中では、臭いは建物から発生するのではない。
それ自体が怪物の身体の一部であり、姿が見えなくても接近を知らせる徴となる。
見る前に臭う。
消えた後にも残る。
その性質によって、エレメンタルは視界の外まで広がる怪異となった。
1915年11月25日の夜
ミルドレッドがキャロルという人物へ送った書簡には、1915年11月25日に起きたとされる出来事が記されている。
その夜、城に仕える二人の女性が、兵舎から来た二人の男性を城内へ招いていたという。城主であるジョナサン・ダービーに見つからないよう、訪問者たちは一時、城の翼部に隠れていた。
夕食前、ミルドレッド夫妻がそれぞれ身支度をしていると、広間の方向から男女の叫び声が上がった。
夫が先に部屋を出る。
ミルドレッドもその後を追い、廊下を抜けて、広間の二辺を囲む回廊へ出た。
回廊には二つのランプがあり、下の広間にも二つの灯火があったという。完全な暗闇ではない。少なくとも、そこに何かが立っていれば、輪郭を認識できる程度の明かりはあった。
手すりのそばに、灰色のものがいた。
人間のような「手」を手すりに置き、下の広間を見下ろしていた。
そして、臭った。
ミルドレッドの夫は、その存在から数メートルほど離れた場所で足を止めた。しかし、怪異を認める代わりに、妻が人を驚かせるため何かを着飾らせたのだと激しく非難したという。
彼が怒鳴っている間、灰色の輪郭は次第に薄れた。
歩き去ったのではない。
その場に立ったまま、光の中から徐々に消えていった。
書簡によれば、下の広間にいた四人も同じものを見ており、強い臭気を感じた。恐怖と吐き気のため使用人区画へ逃げ込み、翌日には二人の女性が城を離れ、そのまま戻らなかったという。
これは警察記録でも、医師の報告書でもない。
ミルドレッドが後に書き残した私信である。現場にいたとされるほかの人物による、独立した記録も十分には確認されていない。
それでも、この書簡には、公刊された怪奇作品とは異なる生々しさがある。
ランプの数。
夫との険悪なやり取り。
招かれていた兵士たち。
使用人が城を去ったという後日談。
細部が多いからこそ、実際の出来事を記録した文章にも見える。一方で、細部を積み重ねて場面を現実らしく見せることは、作家の技術でもある。
この夜の記録は、エレメンタルの実在を証明しない。
だが、ミルドレッドがその存在を一時の思いつきではなく、長年にわたって語り続けていたことは示している。
なぜ「幽霊」ではなくエレメンタルなのか
一般的な幽霊は、死者の魂や、生前の記憶を残した影として説明される。
誰が死んだのか。
なぜその場所に残ったのか。
何を訴えているのか。
幽霊譚には、死者の物語を探る構造がある。
しかし、エレメンタルには人間だった過去がない。
西洋の魔術思想やオカルティズムにおけるエレメンタルは、自然界の力や元素と結び付いた存在を指す。概念の源流として、16世紀の医師・錬金術師パラケルススが論じた元素的存在が挙げられる。
パラケルススの体系では、水に属するニンフまたはウンディーネ、空気に属するシルフ、地に属するピグミーやノーム、火に属するサラマンダーなどが語られた。
ただし、パラケルススがリープ城の怪物に似た存在を記したわけではない。
また、ミルドレッドの文章に現れる怪異が、地、水、火、風のいずれかへ明確に分類されているわけでもない。
19世紀から20世紀初頭のオカルト文献では、「エレメンタル」という言葉が、より広い意味で使用されることがあった。
自然の力に近い霊的存在。
人間より古いもの。
死者の魂ではなく、土地や物質に結び付いたもの。
知性を持つとしても、人間の倫理や感情を共有しないもの。
ミルドレッドの知人が彼女の怪異をエレメンタルと呼んだのは、四大元素の精霊として厳密に分類したというより、「これは人間の幽霊ではない」と示すためだった可能性がある。
その名前は説明であると同時に、説明の放棄でもある。
正体は分からない。
だが、死者ではない。
人間の記憶を持たず、人間の言葉を話さず、ただ場所に存在しているもの。
そう考えたとき、灰色の怪物は、城で死んだ誰かの幽霊よりも恐ろしいものになる。
エレメンタルはどこから来たのか
エレメンタルの起源については、複数の説が語られている。
しかし、その多くは古文書で確認された伝承ではなく、比較的新しい時代に城の怪談を説明するため整えられた異説である。
どの説も、怪異の存在を前提にし、その異様な姿と臭いへ意味を与えようとしている。
ドルイドが置いた土地の守護者
一説には、リープ城が建てられるより前、この土地はドルイドの儀式に使われる聖地だったという。
ドルイドたちは場所を外敵から守るため、霊的な守護者を残した。その存在が、後にエレメンタルと呼ばれるようになったという説である。
この話では、怪異は邪悪な悪魔ではない。
本来の役割は、土地へ侵入する者を退けることだった。後から城を築き、争いと流血を持ち込んだ人間の方が、エレメンタルにとっては侵入者だったことになる。
石の城が崩れても、その下にある土地は残る。
所有者がオバノンからオキャロルへ、オキャロルからダービーへ変わっても、土地そのものは移動しない。
エレメンタルを古い守護者とする説は、城の歴史よりさらに深い時間を怪異に与える。
ただし、リープ城の場所でドルイドの秘儀が行われ、守護霊が置かれたことを証明する同時代資料は確認されていない。
これは史実というより、城より古い何かが地下に眠っているという想像から育った伝承である。
魔術によって送り込まれた破壊者
別の説では、エレメンタルを城の守護者ではなく、攻撃のため送り込まれた存在とする。
その人物として名が挙げられるのが、キルデア伯ジェラルド・フィッツジェラルドである。
城側に伝わる話では、彼は魔術に通じ、リープ城を内側から破壊するためエレメンタルを送り込んだという。
歴史上、フィッツジェラルド勢力とリープ城をめぐる争いは語られている。しかし、霊的存在を使って城を攻撃したという部分は伝説の領域である。
中世の城は、外から攻めれば厚い壁に阻まれる。
門を破り、塔を落とし、守備兵を排除しなければならない。
だが、目に見えないものなら壁を通過できる。
臭いと恐怖で住人を弱らせ、城を内側から空洞にすることもできる。
エレメンタルを破壊者とする説には、城塞を攻略する兵器と、呪いの物語とが重ねられている。
病死したオキャロル一族の亡霊
地方の異説では、怪異は病によって命を落としたオキャロル一族の霊だともいわれる。
顔が崩れて見えること。
鼻の位置が空洞のようであること。
身体から腐敗臭が漂うこと。
これらを、重い病に侵された人物の姿として説明する説である。
この場合、エレメンタルは人間の死者であり、本来の意味での元素的存在ではない。
「人間ではないもの」と「病死者の亡霊」という二つの説明は矛盾している。
しかし、怪談では矛盾が必ずしも物語を弱めるとは限らない。
聞き手は、自分にとって理解しやすい形へ怪異を置き換える。
土地の守護者と考える者もいれば、敵の魔術と考える者もいる。崩れた顔を見て、病死した人間の姿を連想する者もいる。
エレメンタルの正体が定まらないからこそ、異なる起源説が同じ怪物へ結び付けられたのである。
地下牢の骨が目覚めさせたもの
リープ城には、深い地下空間から大量の人骨が発見されたという有名な話がある。
城の公式伝承では、荷車数台分、約150人分に相当する骨があったと説明されることがある。地下には落とし穴や鋭い突起があり、捕虜や訪問者がそこへ落とされたという怪談も広まっている。
ただし、骨の量や人数、発見時の状況については慎重に扱う必要がある。考古学的な調査報告として広く確認されている数字ではなく、城の怪談の中で反復されてきた説明だからである。
後世の説では、地下空間が開かれたことで、そこに蓄積していた死者の感情が一度に解放されたという。
恐怖、苦痛、怒り、絶望。
それらが城内へ広がり、眠っていたエレメンタルを刺激した。あるいは、複数の死者の感情そのものが集まり、一つの怪物になったとも語られる。
この説は、ミルドレッドのオカルト的活動と結び付けられることもある。
地下の封印が破られ、城主夫人が降霊会を行い、怪異へ意識を向けた。そのため、長く眠っていたものが姿を現したという筋書きである。
しかし、その因果関係を示す記録はない。
骨の発見。
心霊主義への関心。
ミルドレッドの目撃談。
これらの出来事が後世に並べ替えられ、一つの召喚譚へ組み直された可能性が高い。
古代の怪物か、近代の怪奇文学か
現在のリープ城では、エレメンタルは遠い古代から存在していた怪物のように語られることがある。
だが、現在知られている詳細な姿をたどると、20世紀初頭のミルドレッド・ダービーへ行き着く。
それ以前にも、城に不穏な霊がいるという噂はあったのかもしれない。
古い城には、説明できない音や影、死者の伝承が付きまとう。リープ城でも、一族の争い、礼拝堂での殺人、地下牢など、怪談が生まれやすい背景は十分に存在していた。
しかし、灰色の綿に似た人型、黒い穴のような目、人面を持つ獣、半透明の下半身、耐えがたい腐敗臭という特徴は、ミルドレッドの文章によって広く知られるようになった。
つまり、古い噂に身体を与えたのは近代の作家だった可能性がある。
私信と公刊作品の間
エレメンタルをめぐる最大の謎は、怪奇作品と私信がよく似ていることである。
公刊された「キルマン城」は、読者へ向けて整えられた文章である。恐怖が段階的に高まり、視覚と嗅覚を使った描写が重ねられ、怪物は忘れがたい姿で現れる。
一方、キャロル宛ての書簡では、ミルドレッドはリープ城での出来事として、同じ怪異を語っている。
これを、実体験をもとに作品を書いた証拠と見ることはできる。
だが、反対方向の可能性もある。
作家が創作の中で完成させた怪物像を、後に自らの体験として語るうち、記憶と物語が接近したのかもしれない。
人間の記憶は、記録映像のように保存されるものではない。
語るたびに選び直され、言葉によって形を与えられる。特に作家は、体験を説明するときにも、場面、光、臭い、人物の反応を物語として配置する。
だからといって、ミルドレッドが意図的に虚偽を作ったと断定することもできない。
彼女自身が怪異の存在を信じ、その恐怖を文章によって正確に伝えようとした可能性もある。
体験を物語にしたのか。
物語が体験を作り替えたのか。
両者の境界は、城の暗い回廊と同じように判然としない。
城と物語が互いを作る
歴史考古学者アンドルー・ティアニーは、アイルランドの城が学術的な遺構であるだけでなく、ゴシック文学、ゲール文化、土地所有、政治的アイデンティティが交差する場所だったことを論じている。
城は過去を保存する。
しかし、保存されるのは石だけではない。
誰が正当な所有者だったのか。
誰が侵入者だったのか。
誰が被害者で、誰が加害者だったのか。
そうした記憶もまた、城の物語へ組み込まれる。
リープ城のエレメンタルを、特定の死者ではなく、場所そのものが作り出した怪異として読むこともできる。
一族間の殺人。
征服と所有権の移動。
飢饉。
地主と小作人の緊張。
政治的対立。
火災と廃墟化。
それらを一人の人間の幽霊へ収めることは難しい。
だからこそ、顔の定まらない灰色のものが必要だったのかもしれない。
エレメンタルは誰か一人の死者ではない。
城が抱えてきた複数の過去が、互いに区別できないほど混ざった姿である。
そう考えるなら、腐臭は死体そのものの臭いではなく、封じ込められた歴史が外へ漏れ出した徴とも読める。
1922年、城は再び焼けた
リープ城は1922年に焼かれ、長く廃墟となった。
当時のアイルランドでは、独立をめぐる戦争と内戦の中で、多くのカントリーハウスや地主邸宅が攻撃を受けた。建物は単なる住居ではなく、土地所有や支配関係を象徴するものと見なされることがあった。
リープ城でも、屋根や内部の木造部分、家具、書物などが失われた。
ミルドレッドは補償請求の過程で、衣類や宝飾品だけでなく、多数の短編や未刊小説の原稿が焼失したと述べたという。
城とともに、作家が書いた別の物語も消えた。
もし、その原稿が残っていれば、エレメンタルについて別の記述が見つかった可能性もある。あるいは、怪異が完全な創作だったことを示す作品が存在した可能性もある。
しかし、炎はその判断材料を奪った。
焼け残った塔は、屋根のないまま雨を受け、窓のない開口部から風を通し続けた。
人が暮らす場所ではなくなった城では、現実の部屋とミルドレッドの文章に描かれた部屋が分離していく。
広間の回廊が失われても、1915年の夜の回廊は文章の中に残る。
ランプは消えても、四つの灯火は読み手の想像の中で点り続ける。
怪異の出現場所が物理的に確認できなくなったことで、エレメンタルはかえって消えにくい存在となった。
修復された城と眠る怪異
20世紀後半、リープ城では修復が進められ、再び人が暮らす場所となった。
城の公式サイトでは、現在の所有者たちは長年城内で生活しながら、エレメンタルの邪悪な気配を感じていないと説明されている。
同時に、この怪異は探し出そうとする者や、挑発する者の前に現れやすいとも語られている。
これは、現代のエレメンタル伝説に加えられた一種の規則である。
見ようとしなければ現れない。
呼ばなければ眠っている。
調べようと近づく者だけが、臭いと恐怖に襲われる。
こうした規則は、怪異が日常生活と共存するために必要なのかもしれない。
城には現在も人が住んでいる。
毎夜怪物が現れ、住人を害するのであれば、生活の場所として成り立たない。エレメンタルを「刺激しない限り眠っているもの」とすることで、城は住居でありながら怪奇伝説の舞台でもあり続けることができる。
一方で、この説明には古い禁忌の形もある。
名前を呼んではならない。
眠っているものを起こしてはならない。
存在を証明しようとしてはならない。
怪異が本当にいるかどうかではなく、怪異へ向ける人間の態度が問われているのである。
エレメンタルは今もリープ城にいるのか
エレメンタルの正体を、一つに決めることはできない。
古代の聖地を守る存在。
敵が魔術によって送り込んだ破壊者。
病死したオキャロル一族の亡霊。
地下牢の死者たちが生んだ感情の塊。
心霊主義に傾倒した作家が呼び起こしたもの。
あるいは、ミルドレッド・ダービーが作り上げた怪奇文学上の怪物。
どの説にも、それを決定的に証明する資料はない。
だが、エレメンタルという伝説がどのように形作られたかは、ある程度たどることができる。
リープ城には、それ以前から殺人や幽霊の噂があった。
そこへ作家であるミルドレッドが住み、灰色の怪異を見たと語った。
彼女は怪異を文章にし、公刊作品と私信の双方へ残した。
城が焼けた後、その文章は失われた室内の代わりとなった。
地方伝承、観光、心霊研究、書籍、映像作品が新しい起源説を加え、怪物は古代からいたものとして語られるようになった。
エレメンタルが城に先立って存在していたのか、それとも文章の中で初めて生まれたのかは分からない。
ただし、一つだけ確かなことがある。
ミルドレッドの記述を読んだ者は、城の回廊を以前と同じようには想像できない。
夜の広間。
手すりに置かれた灰色の手。
光を透かす身体。
眼球のない黒い穴。
そして、視界の外から近づいてくる腐臭。
城の怪物が実在したかどうかとは別に、「それ」は文章として残った。
石壁が焼け、屋根が落ち、部屋の形が変わっても、記された夜は失われない。
リープ城の回廊には、今も何かが立っている。
それが古代の精霊なのか、死者の記憶なのか、作家が残した一文なのかは、暗がりの向こう側に置かれたままである。
参考文献・参照資料
Andrew Merry[Mildred Darby], “Kilman Castle: The House of Horror,” The Occult Review, Vol. 8, No. 6, December 1908, pp. 308–347.
https://www.iapsop.com/archive/materials/occult_review/occult_review_v8_n6_dec_1908_uk_nc_nw.pdf
National Inventory of Architectural Heritage, “Leap Castle, LEAP, OFFALY,” Reg No. 14939007.
https://www.buildingsofireland.ie/buildings-search/building/14939007/leap-castle-leap-offaly
National Library of Ireland, “Photocopies of six letters of Mildred H. G. Darby to Mr. Carroll,” MS 17,877.
https://catalogue.nli.ie/Record/MS_UR_079296
National Library of Ireland, Marigold Freeman-Attwood, “Leap Castle: A Place and Its People.”
https://catalogue.nli.ie/Record/vtls000228542
Noel Guerin, “The most haunted castle in Ireland: the story of novelist Andrew Merry (aka Mrs Mildred Darby) of Leap Castle, Co. Offaly,” Offaly History, 2018.
Andrew Tierney, “The Gothic and the Gaelic: Exploring the Place of Castles in Ireland’s Celtic Revival,” International Journal of Historical Archaeology, Vol. 8, 2004, pp. 185–198.
https://doi.org/10.1007/s10761-004-1136-z
Leap Castle, “The Elemental.”
https://leapcastle.net/?page_id=41
Dúchas, The Schools’ Collection, Dromakeenan, local account concerning Leap Castle.
https://www.duchas.ie/en/cbes/5044642/5028399/5144263
Paracelsus, “A Book on Nymphs, Sylphs, Pygmies, and Salamanders, and on the Other Spirits,” in Four Treatises of Theophrastus von Hohenheim Called Paracelsus.
https://archive.org/details/fourtreatisesoft00para









