【妖怪・おばけ】妖怪と呑んだ源蔵
江戸時代、ある晩、やたらと星がきれいでキンッと鼻の奥に染みる寒風が町を吹き抜ける中、浪人の源蔵は夜の仕事を終えて廃寺の横にポツンと出ていた煮売り酒屋に目をとめた。
足早に出店に入ろうとした瞬間、目の前に生首がボタッと落ちてきて「夜業すんだか、釣瓶下ろそか、ぎいぎい」と宣いゲラゲラ笑った。
源蔵は驚き一瞬言葉を失ったが(これが噂に聞くつるべ落としという妖怪か。人を喰う妖怪だという話だが、どうせ食われるなら酒をたらふくかっ食らってから死んでやる!)と腹に決め、ある提案をつるべ落としにした。
「お前さんも夜業ご苦労さん。こんな寒い夜に頭だけで落ちてくるのは冷たくて大変じゃろう。一緒に酒を呑むのはどうだ?」と、煮売り屋に目を遣る。
目を丸くした禿げ頭の生首は、再びゲラゲラと笑い「唯一来た人間がこんなやつだとワシの仕事もサッパリだ、驚かずに誘った度胸を買おう。奢ってやる。」と言った。
ふわりと浮いた生首は煮売り屋に向かい飛んでいく。
出店の暖簾を潜ると、眼鼻が無く捻じり鉢巻を締めたのっぺらぼうが「らっしゃい」と声を掛けた。
源蔵はまた顔には出さず内心驚き「今日は厄日か・・・」とつぶやくいた。
つるべ落としは慣れた様に店主の親父に「銚子二本熱燗、肴も二つ」と注文した。
親父は「今日は休みかい?いつもなら喰って当分降りてこないというに。」と問う。
つるべ落としは「こいつを脅かして喰うつもりだったがヤメじゃ!肝っ玉が据わっていて逆に酒に呼ばれたわ。今日はワシの奢りじゃ。お前も呑め。」とゲラゲラ笑った。
のっぺらぼうの親父は「奢りとあらばありがたく。」と口を釣り上げて笑いぐい吞みに酒を注いだ。
二人は椅子に腰かけ、店主の親父も含めて最近の町の世間話や、どこそこの妖怪が人を喰った打ち取られた等々交えながら盛り上がっていった。
夜が更け、源蔵は酒の力で恐怖も吹っ飛び、つるべ落とし、のっぺらぼう親父と一緒に酒を楽しんだ。
源蔵が意識がだいぶ飛びそうになる頃、耳元でつるべ落としはつぶやいた。
「誘いに乗るのはこれが最初で最後よ。今度ワシの前に現れたら喰らってやるから覚えておけ。ただ、このまま帰したのであれば妖の名が廃る。矜持として恐怖してもらうからの。」とゲラゲラ笑った。
朝日が昇ると、源蔵も周りの明るさとザワザワという音に頭を抱えながら目を覚ますと、町人たちに囲まれその場に寝ていたことに気づいた。
驚きと入り混じった表情で立ち上がると、町人たちは爆笑の渦に包まれた。
そう。源蔵は、この寒空の中で褌一枚着けていない素っ裸の状態で地面の上にそのまま大文字で寝ていたのだ。
町人から「源蔵、随分いい目覚めだな!」「こんな廃寺の前で何してたんだ!」「夜鷹と寝たか!」など大声を掛けられた。
源蔵は「つるべ落としと呑んだんだ・・・」と酔いが冷めない顔でつぶやき、自分がつるべ落としに化かされたこと、それでも命だけは取られなかったと安堵もした。
だが、裸で転がされて寝ていたことになによりも恐怖した。
着ていた着物は、昨晩つるべ落としが落ちてきた木の枝に引っ掛けられていた。
この出来事は町中に瞬く間に広がり、町人たちは源蔵を見かけるたびに「つるべ浪人」とからかった。
以降、源蔵は広まった名をそのままの通り「鶴瓶」を作る職人となり、その後を過ごした。
※全て嘘で全て偽