【魔術・占い】「孔子」の知られざるオカルト伝説5選
孔子(紀元前551年~紀元前479年)は、中国の春秋時代に生まれ、儒教の祖として知られる偉大な思想家だ。
彼の教えは倫理・道徳を基盤とし、政治や社会に多大な影響を与えた。
しかし、一般的なイメージとは裏腹に、孔子には神秘的な逸話やオカルト的な要素が絡む伝説がいくつも存在する。
「怪力乱神を語らず」という彼の言葉からは、超自然的な現象や呪術に否定的な印象を受ける。
彼の生涯には数々の神秘的な出来事があり、占いや霊獣の出現に関する記録も残されているのだ。
本記事では、孔子にまつわる知られざるオカルト伝説や超常現象について詳しく解説する。
1. 孔子の誕生と神秘的な瑞獣・麒麟の伝説
孔子の誕生には、吉兆とされる神秘的な現象が伴ったという伝説がある。『春秋左氏伝』によると、孔子の母・顔徴在(がんちょうざい)は彼を身ごもる前に、神聖な存在の啓示を受けた夢を見たとされる。この出来事は、孔子が特別な運命を持って生まれたことを象徴している。
また、孔子の誕生時に「麒麟(きりん)」が現れたという伝説がある。
麒麟は、中国の伝説において最も高貴な霊獣とされ、王や聖人の誕生を告げる存在だ。麒麟はめったに姿を見せず、現れるときは「平和の到来」や「聖人の誕生」を意味するとされている。
このことから、孔子が生まれたときに麒麟が現れたのは、彼が特別な使命を持つ聖人であることを示唆するものだったのかもしれない。
ただし、史実としては、麒麟が登場するのは孔子の誕生時ではなく、晩年のこととされる。
孔子が亡くなる前に麒麟が捕らえられたという記録があり、それを彼は「私の時代は終わった」と受け取ったという。これが後世になり、誕生時の吉兆として伝説化された可能性もある。
2. 「怪力乱神を語らず」の本当の意味
孔子の言葉として有名な「怪力乱神を語らず」は、「超自然的なことや霊的な話を避けた」という解釈が一般的だ。
しかし、この言葉の真意については諸説ある。
まず、孔子は霊的な存在を完全に否定していたわけではない。
むしろ、彼は「死後の世界を知る前に、この世を知るべきだ」と語っており、人間の倫理や道徳を優先する考え方を持っていた。
つまり、彼は超自然的な現象を軽視したのではなく、まずは現実の問題に向き合うことを重視していたのだ。
さらに、この言葉が出た背景には、弟子たちが神秘的な話ばかりに興味を持ち、本質的な学問や哲学について深く考えようとしなかったことへの孔子の不満があったとも言われる。
そのため、彼は霊的な話に深入りするよりも、より実践的な知恵を磨くことを勧めたのではないかと考えられる。
3. 孔子と占いの関係:「易経」を極めた聖人
意外にも、孔子は占いの大家としての一面を持っていた。
彼が特に研究したのが『易経(えききょう)』である。易経は古代中国における占術の書であり、八卦や六十四卦といったシンボルを使い、未来を占う方法が記されている。
孔子は晩年にこの易経を熱心に研究し、「もっと早く学んでいれば、大きな間違いをしなかっただろう」と述べたという。
この言葉からも、彼が占いの重要性を認めていたことがわかる。儒教は合理的な思想とされるが、実際にはこうした神秘的な要素も含まれていたのだ。
また、孔子が未来を予測したとされるエピソードもある。『春秋左氏伝』には、彼が「ある出来事が起こる」と予言し、それが現実となったという記録が残っている。
これは、彼が占いを単なる迷信ではなく、未来を洞察するための手段として活用していたことを示している。
4. 孔子と道教・仙術の関係
孔子とほぼ同時代を生きた老子は、道教の祖として知られている。
伝説によると、孔子と老子は一度会ったことがあるとされる。この際、老子は孔子に「賢者は形にこだわらず、道を理解することが重要だ」と説いたという。
道教には呪術や仙術(不老不死の術)といったオカルト的な要素が多く含まれているが、孔子自身はこれらをどう考えていたのか? 彼は神秘的な術に関心を持った形跡はないものの、「道(タオ)」という概念には強い影響を受けたと考えられる。
孔子の思想と道教の思想は一見異なるが、「天命」や「陰陽五行説」といった神秘的な要素を共通して含んでいるのも事実である。
まとめ:孔子とオカルトの真実
孔子は一般的には理性的で現実主義的な思想家とされるが、以下の点からもわかるように、彼の生涯には多くの神秘的な逸話やオカルト的要素が含まれている。
- 孔子の誕生と麒麟の伝説:彼の誕生は神秘的な瑞獣と結びついていた。
- 「怪力乱神を語らず」の真意:超常現象を全否定したわけではなく、現実の問題に向き合う姿勢を重視した。
- 占術との関係:易経を極め、未来予知の力を持っていた可能性がある。
- 道教との関わり:老子と対話し、道(タオ)の概念に影響を受けた。
孔子の思想は単なる道徳論にとどまらず、時に神秘的な領域にも足を踏み入れていた。
彼の教えを深く掘り下げることで、儒教とオカルトの意外な関係が見えてくるのではないだろうか。